ジャンピング現象の科学的検証 (後編)

前編では茶葉の大きさ、お湯の温度によってジャンピングの起きやすさにどんな影響があるのかを調べました。後編ではさらに核心に迫る、お湯の中の空気の量について言及していきたいと思います。

お湯の中の空気の有無

次に、お湯の中の空気がどの程度ジャンピングに影響するのかを調べました。一般的な説明の通りであれば、ここが最もジャンピングに影響することになります。そこで沸騰させ続けたお湯と沸騰したてのお湯でジャンピングにどんな変化があるのか実験してみました。

左が沸騰させ続けたお湯で淹れたもの、右が沸騰したてのお湯を用いたもの

上の写真からわかるように、沸騰させ続けたお湯と沸騰したてのお湯ではジャンピングに明確な違いがありました。沸騰させ続けたお湯ではほどんど全くと言っていいほどジャンピングはしませんでした。これはつまり、お湯の内部の空気が茶葉のジャンピングに関する最も大きなのファクターになっていることがこの実験で確かなものになりました。

ここで気づいたことが2つあります。一つは、ジャンピングして浮き上がる茶葉には確かに空気の泡が付着しているといったことです。前編では言及しませんでしたが、前編で貼ったこの写真をみてもらうとわかると思います。

これは常温で淹れたときのものですが、中央付近の茶葉を見ると泡が付着している茶葉があるのがわかると思います。これは常温で淹れると浮き上がる茶葉の量が少なく、茶液の色が薄いために泡が観察しやすかったからよく見えるのだと思います。普段あまり意識しないのは普通沸騰したお湯を使うからなのでしょう。

そしてもう一つは、茶葉が浮いた状態でポットを振ると茶葉が落ちてくるということです。これらの2つはまさに茶葉が浮いている原因が茶葉についている空気の泡であることを示しているのです!

つまりはじめにで通説として挙げた、「紅茶の茶葉に空気が付着することが茶葉の上昇する運動を引き起こし、空気が弾けて下に沈むといったことを繰り返すのがジャンピング」という説明に説得力が生まれたことになります。(神戸紅茶さんのホームページには酸素と書いてありますが空気と言った方が正確だと思います)

結局は、ジャンピングさせたいのであれば、空気を多く含む水を使うのに限るということです。

ここで、この空気が茶葉に付着する現象をもう少し深く考えてみましょう。沸騰石というものをご存じでしょうか?沸騰石とは、何かを沸騰させる時に入れる多孔質の(穴がたくさんあいた)物質で、突沸を防ぐのに用いられます。なぜ多孔質の物質があると突沸が防げるかというと、そこに微小な空気がすでにあるためにその周りに水の温度が上がって溶けきれなくなった空気が集まってくれ、それが沸騰するきっかけになってくれることで穏やかに沸騰が起きるというものです。ここで大事なのは沸騰石の持つ微小空気に空気が集まるということです。これと同じことが茶葉に起こるのではないかと考えられるのです。つまり、乾いた茶葉に付着している微小空気に熱湯中の溶けきれなくなった空気が集まることによって茶葉に空気の泡が付着するわけです。また、新鮮な茶葉を湿気ていない茶葉と読み替えて、この考えに従えば、新鮮な茶葉を使った方が良いという一般論も説明できることになります。

空気の量によるジャンピング現象の変化

そして、さらに空気をもっと含むお湯でジャンピングはさらに激しく起こるのではないかと思い、意図的に空気を含ませたお湯で実験してみました。方法としては、沸騰する前の段階でホイッパーを用いてかき混ぜたお湯を用いました。

上の写真はそのお湯を沸かしている段階のものです。比較対象がなくて申し訳ないですが、沸騰前でこの泡の量はかなり多いように感じるのではないでしょうか。そしてこのお湯を使ってお茶を淹れてみた結果がこれです。

なんと!半分以上の茶葉が浮かび上がってしまいました。そしてこのままの状態がしばらく続き、上の茶葉が水を吸って重くなった段階で下に落ちてきて茶葉の運動は終わりました。

茶葉が落ちてきている様子

驚くべきことに、空気をさらに加えると茶葉が完全に浮き上がりジャンピングしないという結果になってしまいました。つまり、お湯を淹れてすぐの段階で溶けきれない空気の量が多く、それが一気に茶葉に付着して浮き上がるのです。付着した空気の量が多いために普段のジャンピングで起こるような泡が上面で破裂することで下への運動が生じることがほとんどなくなっているのだと想定されます。なので空気の泡がなくなること、茶葉が水を吸って重くなることが十分達成された後で茶葉が下に降りてくるのです。

では、もっと気体を含む炭酸水を使ったらもっと面白いことが起こるのではないか?と思い実験してみました。炭酸水は沸騰直前のものを用いました。結果は以下の写真です。

予想通りですね。今度は茶葉がほとんどすべて浮き上がりました。この後に起こったことも空気を含ませたお湯の場合とほとんど同じで、しばらく時間が経って茶葉が一気に下に降りてくるといったものでした。

ここでの結果をまとめると、お湯に含む空気(気体)の量を増やしすぎるとジャンピングせずに茶葉が浮き上がるということになります。

ジャンピングと風味について

先ほどの空気の有無、空気の量を変える実験を通じて気づいたことがあります。それは風味がまるで違うということです。というのも、風味の強い順番に並べると、炭酸水、空気を含ませたお湯、沸かしたてのお湯、沸騰し続けたお湯、になっていました。これは実験者3人が同じ意見だったのでそれなりに信憑性はあると思います。この結果は空気(気体)を多く含むほど風味が強くなることを示唆しています。これを我々はこのように解釈しました。

茶葉の抽出成分は下に溜まるために、ポットの上部では茶葉の抽出成分が比較的薄くなっており、茶葉が上部にあれば化学平衡の観点からより多くの成分が茶葉から抽出されるのではないか?ということです。とても簡単に言うと、お茶で抽出するよりもお湯で抽出した方がより茶葉から成分が出ると言うことです。

この仮説が正しいとすると、ジャンピング自体は紅茶の風味の強さにあまり関係ないということになります。なぜ今までジャンピングさせる方が良いとされていたかというと、通常の淹れ方(空気をお湯に意図的に比べたりしない淹れ方)においてはジャンピングする状態が最もお湯に空気を含んでいることを示す状態であったためにこのような通説があったのだと考えられるのです。もちろん茶葉の大きさによる依存性はありますが。

そしてこの仮説によると、最も風味を出す方法は、炭酸水を用いること以外にも、ティーバッグをお湯を注いだ後に上に浮かせることも有効だと考えられます。但し、ティーバッグ

の中で紅茶の成分が溜まってしまっては意味がないので、スカスカのパックに包まれている必要があると思います。

ここで風味を出すなら撹拌すれば良いのでは?と思った人も多いのではないかと思うのですが、撹拌によって出る風味と今言っている風味には明確な味の違いがあります。つまり撹拌をすると独特の渋みが茶葉にストレスがかかることによって生じ、また違った味になります。そのため、今ここで言っている風味が紅茶の味全てに対応しているわけではないことをここで注意しておきます。

そして、ここまでくると球状のティーポットにもあまり意味がないことがわかるのではないでしょうか。ここで大事になっているのは紅茶成分の濃度勾配ですので正しいティーポットはこの仮説の限りでは細長い高い形のティーポットということになります。

終わりに

今までの結果を振り返ると、

  • 茶葉が大きすぎると茶葉が下から上にあがることはほとんどなくジャンピングは起きない、茶葉が小さ過ぎてもすぐに沈んでしまいジャンピングは生じない
  • 水の対流効果は特にジャンピングには関係なさそう
  • ジャンピングをさせるだけであればお湯の温度は関係なく、温度を変えることでジャンピングの勢いを変えることができる
  • 「紅茶の茶葉に空気が付着することが茶葉の上昇する運動を引き起こし、空気が弾けて下に沈むといったことを繰り返すのがジャンピング」というのは正しい
  • ジャンピングさせたいのであれば、空気を多く含む水を使うのに限る
  • お湯に含む空気(気体)の量を増やしすぎるとジャンピングせずに茶葉が浮き上がる
  • 茶葉の抽出成分は下に溜まるために、ポットの上部では茶葉の抽出成分が比較的薄くなっており、茶葉が上部にあれば化学平衡の観点からより多くの成分が茶葉から抽出され、ジャンピング自体は紅茶の風味の強さにあまり関係ない

ということになりました。最後の一つは仮説にすぎませんが、今回の実験の限りではかなりの説得力のあるものだと個人的には思います。これでジャンピングについての定性的な説明は金成の部分で得られたものと信じます。個人的にはもう少し定量的にジャンピングの起こる条件式のようなものを得られたら面白いと思いますが、これにはかなりの実験数が必要な気がしています。(茶葉の表面積、茶葉の重さ、お湯の気体量をパラメータに含む確率的な過程から導ける式になるのではないかと予想しています。)これは今後の展望としておくこととします。

最後に、共同実験者であり、現KUREHA会員の小塚氏、吉田氏、鴫氏の3名には実験の協力、貴重な助言をしていただいたことに感謝を申し上げ、この記事を締めくくらせていただきたいと思います。

参考文献